「祝トップリーグ開幕」その「風景」と「光景」と「情景」

やっと待ち望んだラグビーが日本の週末に戻ってきました。
おめでたいことです。嬉しいことです。

でもなんだかギクシャクしています。なんでしょうか

「ラグビーが週末にある」その当たり前の「風景」が戻ってくると思われました。確かに、観客やとりわけ選手たちにはラグビーが戻ってきたという喜びが見られました。しかし、そこに展開された「光景」はまだまだ本来のラグビーのある週末の「風景」ではありません。

なんといってもそこにビールがありません。

拍手はありますが、声援は聞こえません。

交流がありません。まだまだ「異常事態」なのだと感じざるを得ません。

このままの「光景」が「風景」となってしまうのでしょうか。それでは寂しいことです。競技としてのラグビーだけでなく、交流を深めたり、語り合ったりするのが文化としての総体としてのラグビーであったはずです。そういった当たり前の「風景」は日本に戻るのでしょうか?

確かに、ピッチ上だけを見れば、2019で活躍した馴染みの選手がたくさんいます。日本代表のメンバーはもはや日本中誰もが顔と名前を知っている有名人です。また、海外からのスーパースターも軒並み顔を揃えて、当たり前にプレーしています。キアランリードがキャプテンで、フーパーと第三列を組むとか、レイドローがプレースキックを蹴り、ペネナラが、バレットが躍動する。それはそれは、夢のような「光景」です。フランスのTOP14やプレミアを超える国際最高レベルのメンバーが揃ったといっても過言ではありません。

でも私にはそのスーパースター達の存在が、なんだか違和感を生じさせているような「情景」に見えてしまいました。
その違和感はどこからくるのか、彼らがいつも見慣れたジャージではないということでしょうか。いやそれだけではありません。それは、スタジアムの環境にあるということがすぐにわかりました。
これまで見慣れたスーパースターの画像は、そのバックに巨大なスタジアムで、多くの観客の前で展開されていたものでした。花園や秩父宮はともかく、陸上トラックのある競技場はいけません。インゴールの狭さ、インゴールの人工芝のシートは貧相です。ピッチの横幅も66mしかないところがあります。ゴールポストも低すぎます。バックスタンドも低くその背後の景色(住宅の屋根、高層建築、はたまた高架を電車が走っていたりなど)が見えてしまうのはいかがなものでしょう。

もう一つが、レフリングのレベルに関してです。ほとんどのレフリーがまだまだ昔ながらの高圧的で教条的なレフリングから逸脱できていません。今のレフリーを批判しているのではありません。精一杯頑張ってレフリーを行っていると思います。問題は国際的レフリーの長期的育成がなされていなかったラグビー界全体にあります。スクラムやブレークダウン、ペナライズやイエロー、レッドの判断も日本独自のものがあります。1番の問題はコニュニケーションの取り方です。今回コロナ禍でチーム内の練習は進み、チーム内のコニュニケーションは十分で、チームには溶け込んでいるように思えましたが、練習マッチが組まれなかったことも影響しています。海外からのスーパースター達は日本のレフリングに違和感を感じて戸惑っているようでした。欲を言えばこれだけ国際的になっているのですから、公用語は英語にすべきではないでしょうか(久保さんは英語を使っていました)。それができないなら、日本協会、トップリーグは海外からのレフリーの招致をもっと積極的に行うべきではないでしょうか?早急に手立てを講じるべきでしょう。

バレット様よ、レイドロー殿下よ、フーパー御仁よ日本に来てくれてありがとう。でもごめんなさい。日本のフットボール文化は、まだまだ残念だけど完全な後進国、未成熟なのが実態なのです。すみませんがしばらく我慢をしてください(嫌気をさして手を抜いたり、すぐに帰ったりしないでね。)
違和感を感じなくなるようなフットボール文化の「情景」が展開されるようになる日が、早く日本にもおとづれることを願います。

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