決勝戦 南アフリカVSニュージーランド 人間ドラマがここにある

最後の決勝戦、残念ながら両チームにカードが飛び交うなんともなゲームになってしまった。両チームとも点数がなかなか積み上がらない。強みを消し合うようなゲーム。けっしてラグビーとしては良いゲームとは言えない。これまで完璧なラグビーや、ラグビー以上のものを見せつけてきた両チームにとっては、かなりレベルダウンしたゲームになってしまったといえる。

しかしこのゲーム、ドラマとして見事に素晴らしい。感情を持っていかれる瞬間が次から次へ怒涛のごとく襲ってくる。ラグビーである以上に人間であることのドラマだ。生身の人間が織りなすドラマだ。ゆさぶられる。緊張が続く。それが最後まで持続する。知らない間に見ている私の四肢には必要以上の力が加わっていた。終わったときには心地よい疲労感と少しの筋肉痛まで感じたほどだった。

試合前から外野はうるさい、出場が危ぶまれたが出場できたムモナンビ。そのムモナンビもそうそうにフリゼルに足に乗られてしまい、ピッチを去ることになる。プレーで真偽を黙らせたかっただろうに悔しいだろう。そのフリゼルにイエローがでて、その間にポラードがPGを決める。点差は開く。皮肉だ。そのポラードもマルコムマークスの怪我で急遽大会中に急遽呼ばれたのだ。ムモナンビの控えのフーリーもフッカーだけの専門職ではないのが、大舞台でのこり70分フッカーとして完璧に埋めた。

オールブラックスはいつものノリがでない。フリゼルのイエローが解けると今度はキャプテンサムケインにイエローがでて、バンカーシステムの結果レッドとなってしまう。マコウ、キアランリードなど偉大なキャプテンの後で不適格と揶揄され続けたスキッパーは、前の試合で覚醒した。これでもかとタックルをしまくる姿に新しいキャプテンとしての光を見た。このゲームも期待が高かったがここでベンチに下がってしまう。ウィルジョーダンのスピードも止められてしまう。テレアのステップでも抜き去れない。

このあとサム・ケインはピッチから一瞬たりとも目を離さず、一言も言葉も発せず、14人となった仲間たちの行末を凝視し続けた。その形相に、その立ち姿にだれも近寄れない。声もかけられない。

でも、14人となったオールブラックスは自己保存型有機生命体だ。14人になってもまったく一人少ないということを忘れさせるようなパフォーマンスを続ける。そしてトライを取り切ってしまい1点差。1人少ない分その運動量は半端ではない。疲れていないはずはない。

ここで南アフリカから7名入れた控えFWの元気いっぱいの刺客達が、鬼のように次々に送り込まれる。クワッガスミスがボールを容赦なくボールを奪い取れば、スナイマンはラインアウトをひっかき乱す。

しかし逆にFWのリザーブ7人ということは、バックスは疲れていようが怪我をしようが、フル出場を強いられるというだ。精神的な負担も大きくなる。しかし、デクラークは刺さりまくり。アレンゼ、コルビはいささかもスピードを落とさずに縦横無尽に走りまくり、ディフェンスし続ける。脅威のスタミナだ。

時間は刻々と過ぎていく、残りはもう10分もない。点差は1点。どちらに転んでもおかしくない。レフリーのウェインバーンズさんの笛がなるたびに、収容人をオーバーしている8万人のスタッド・フランセは一瞬静寂に、悲鳴に、そしてどよめきに包まれる。相手陣に入ればどちらもドロップゴールがありうる。

目が離せない。

目が離せないのは闘将サム・ケインその人だ。ここに来てもまだ無言のまま一人立ち続け、ピッチの14人を凝視し続ける。

その時事件は起こった。反則の笛が鳴る。この日守りの立役者ジャスティンコルビがデリバレートノックオンの反則でシンビンとなる。
これで14人と14人。残り時間は10分を割っている。コルビはもうピッチに戻れない。14人と15人でも拮抗していた力関係は、一挙にオールブラックスに傾くのか。

もう見てられない。

最も見てられないのは、当のコルビその人だった。

ピッチサイドに戻るやいなや、緑のジャージの中に顔を埋め周囲の情報もシャットアウト。彼は祈り続けたに違いない。10分間が何時間にも思えたことだろう。不安と責任とそして仲間を思う気持ち、敗戦の恐怖が襲ってくる。信じてはいる、信じてはいるのだか怖くて怖くてもう見てられない。

一方のサムケインは対照的に、まだ無言のままピッチを凝視し続けている。でもその目はいささか虚ろにも見える。

無常にもノーサイドの笛は鳴る

それでも無言のまま気丈にも平静をたもつサム・ケイン

コルビは最後の笛のあと恐る恐るジャージから顔を上げて、そこで仲間の勝利を初めて知った。勝ったのか、勝ったんだ。表情は一挙に崩れた。仲間のもとに駆け寄った。

怪我をしたムモナンビがいる。松葉杖のマルコムマークスがいる。決勝戦には出なかったリボックがいる。仲間がいる。キャプテンのコリシがいる。チピっ子コンビでデクラークもいる。モスタートが、クリエルがいる。喜びは弾けた。

一方敗因をその両肩に、自分一人の責任だけで受け止めようとするサム・ケイン。そんなキャプテンをメンバー全員がかばった。一人だけじゃない全員でオールブラックスなんだ。メディアもファンも誰一人彼を攻めることなどしないだろう。それだけの重荷の苦労をだれもが知っているのだから。

もうどっちが優勝でも良かった。勝ち負けなどどうでも良い。そんなこと些細なことに過ぎない。会場には「ワールドインユニオン」が流れる。素晴らしいドラマだ。素晴らしい人間達だ。素晴らしい仲間達だ。素晴らしいワールドカップだった。

こうして2023年のワールドカップも幕を閉じることになった。
毎度のことだが、しばらくは「ワールドカップロス」から抜け出せそうにない。

One Reply to “決勝戦 南アフリカVSニュージーランド 人間ドラマがここにある”

  1. 手に汗握る決勝戦がよみがえる素晴らしい戦評ありがとう😉👍️🎶特に「オールブラックスは自己保存型有機生命体」は見事なネーミング。納得です。
    しかし、決勝戦前のド派手なショー、おそらくフランスの人々はここにフランスが残ることを信じて疑わなかったのだろう。私もなぜフランスがいないのか、今もわからん😵🌀

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