WRC2023 フランス大会  妄想未来日記(前編)

9月26日 羽田発シンガポール経由

朝6時、板橋の義兄の家を早朝に出発し東上線に乗車する。
東京の朝のラッシュを避けて、6時半には池袋で埼京線に乗り換える。
心配された台風の影響はなさそうだ。
天王洲アイルでモノレールに乗り継ぎ、羽田ターミナル1へ向かう。
予約しておいたイモトのWIFIをゲットし、チェックイン。
これでごちゃごちゃしている雑然とした日本ともしばらくお別れだ。
17日間の旅程だが、荷物はコンパクト、3日程度の機内持ち込みだけに留めた。これはシャルルドゴールでのイミグレ時間を大幅に短縮し移動を楽にするためだ。

羽田発9:10シンガポール航空で一旦シンガポールに向かう。
ここシンガポールで長時間の滞在を経て、飛行機を乗り継ぐ。
チャンギ空港のアメニティは最高だ、空港内にサウナから映画館、遊園地まで存在する。さすが世界のハブ空港だけのことはある。
時間が充分にあるので、空港の目玉アトラクションの一つ2時間半の「市内観光ツアー」に潜り込む。

しかし、気が急いているせいかそれもなかなか楽しみきれない。気分は先にフランスの地に飛んでいってしまっているからだ。この日の夜にはジャパンーサモア戦のメンバーが発表になるからだ。
(この時点では、ジャパンはすでにチリ戦、イングランド戦を終えており、サモアもチリ戦、アルゼンチン戦を終えている。条件は互角だ、情報も揃っている。ますます、気持ちはすでにかの地へ行っている。)

 

9月27日 パリからリヨンへ

朝7時半には、パリシャルルドゴール着、初日からこの日の予定は盛り沢山。
無理して機内持ち込みの手荷物だけなので、イミグレもスムーズだ。
シャルルドゴールのターミナル1は円形の巨大空間で斜め中空にエスカレーターが走る。ここに降り立つのは何年ぶりだろう。記憶もうすれているがあまり変わっていなうようにも思える。
24番の出口でタクシーが待ってるはずだ。メールにドライバーからの着信があった。
タクシーはフランスとオールブラックスの開幕戦の死闘があったサンドニのスタジアムの近くを通りる。思えばあれから3週間近くも経っているのだ。タクシーは高速を降りパリ市内を抜け、セーヌ左岸の大きな時計が付いているベージュ色のクラシックな建物へ到着する。思ったほどの渋滞はない。

ここにオルセー美術館見学を無理やり入れたのは訳がある。

南仏での滞在中にゴッホセザンヌなどの美術歴史に残る名作の数々の制作の現場を訪れるので、その絵画の予習をしておこうと言うコンタンだ。それにより、アルルなど南フランス滞在時での、現地での感動も一塩違うはずだ。

しかし、私の目的は他にある。

1番の目的は「印象派の物語」を体感することにある。実は芸術史専攻の現役大学生の私には確認したいことがある。私に言わせてばいわば印象派は「ロック」だ。アングルブグローといった保守的なアカデミズムという体制に対抗した若者達。マネ先輩ルノアール 、シスレー、モネ、音楽家のメートル、小説家のゾラ、そして若くして戦争で亡くなったバジールら。彼らは自分たちの才能を信じ、セルフプロデュースして、自らの展覧会を開催した。そうだ、「印象派展は絵画界の「ウッドストックだ。それが、その後の美術界に革命をもたらしたのだ。そうなるとマネ先輩は60年代にエレクトリックを持ち込んだボブディランなのだ。そうなると、バジールはリチャードマニュエルか、ルノアールはロビーロバートソンか。そして共同生活をし制作に励んたモンマルトルのバティニョールのアトリエは、ザ・バンドの面々が地下室でセッションを繰り返したビックピンク」なのだ。

パリ、リヨン駅へもタクシーで向かう。ここで初めて「ウーバー」を使うことにするが、果たしてうまくいくかどうか
このように日本では一般でないが、世界標準の生活道具を使いこなす体験もこの旅の目的の一つである。

リヨン駅は19世紀、鉄道が敷かれた当初から変わらず、パリから南へ向かうターミナルだ。ややこしいのはリヨン に向かうからリヨン駅という名前をつけていることだ。欧州にはこのような駅名が多い。その頃はここはパリの郊外であった。他にもノルマンディ方面には「サンラザール駅」フランドル方面には「北駅」アキテーヌ方面には「モンマルナス駅」
おっと忘れては行けない、オルセー美術館もかつてターミナル駅のひとつであった。

予約しておいた電子チケットをかざすだけで、ホームへのアクセスはスムーズだ。TG Vは定刻通り、滑るようにパリを後にしてリヨンへ向かはずだ。

だがそういかないのが世界の標準だ。

ここは日本ではない。出発は15分遅れと出ているが20分たってもなんの説明もない。その間に列車内で食べる昼食をゲットする。サンドイッチに野菜ジュース。思えば朝飯はろくに食べていない。朝6時ごろに機内食が出たがその時はあまり食欲がなかった。
やっとシートに座って、あまり「ボノ」とはいかないが食べてしまうと、眠気が襲ってきた。

スマホのアラームで起こされ、マップで確認するとすでに列車はリヨン近くである。

リヨン、パールデュー駅にはきっかり1時間遅れて、16時ごろに到着(このくらいの遅れは想定内)。
駅から徒歩15分の可愛らしい外観と内装の宿にチェックインし、荷物を預けて、すぐに駅へ逆戻り。OLスタジアムへ向かう。件のパールデュー駅の北口からシャトルバスが出ているはずだ。キックオフh17:45分。17時前のパスには乗りたいのだ。

ここはこのツアー初っ端となるOLスタジアム、ウルグアイーナミビア戦を観戦する。この両国はウォーマップマッチで8月5日にすでに対戦して、その時はウルグアイが大勝している。

こう言ったティア2同士の国に思いを馳せて、ゲームを観戦できるのがワールドカップのならではの楽しみだ。11年も15年も19年もこういったゲームを好んで観戦している。釜石鵜住居のウルグアイ対フィジー戦の感動は伝説になった。

いよいよ私のワールドカップが始まったのだ。しかしナミビアはこのゲームがすでに4戦目となりこの日がナミビアの最終戦となるのも皮肉である。ナミビア1990年に南アフリカから独立。豊富な単行資源があり一部にはものすごい裕福な経済的恩恵をうける人がいる一方地方では貧困に苦しんでいもある。まだRWCでの勝利がない。

私にとっては、ワールドカップは単にゲームの勝ち負けを観戦するためにあるのではない。ワールドカップという祝祭の場を作るためのその一構成員として参加するためにあるのである。様々な国や地域に思いを馳せ、声援ををあげ、悲鳴をあげ、ファン同士で歌いビールを組み合わす。言葉なんていらない。勝ち負けは当然ある。しかし全力を尽くしたゲームを観戦できるなら、それでみんなハッピーだ。ラグビーでみんな仲良くなれるんだ。幸せになれるんだ。平和になれるんだ。そんなメッセージは少しでも広がれば良いと思っている。こんなハッピーな時間と空間を過ごせるなんて本当に贅沢である。

この幸せな時間に長く浸りたいのは山々だが、仲良くなった隣のフランス人(英語もできない)の「市内のパブで飲みなおそう(なぜ通じたのか分からない)」という誘いにだけは遠慮しておく。ここは別行動で観戦している友人との再会も断り、早く宿に帰って体を休めることを優先したい。

やっと、長い一日が終わる。宿に着いたら荷物も解かずにシャワーを浴びバタンキューだ。
でも時差ぼけの解消は、いかに昼間に活発な活動をし、太陽光を浴び活動をするかにかかっている。そして夜はしっかり寝ることだ。これを実践できた者だけが海外旅行では大きな得をする。

 

9月28日 トゥールズ、ジャパンサモア戦

リヨンの宿はちょっと贅沢だったが、朝食付きなのはありがたい。
この日もまたハードスケジュールが待ってるのだ。
朝の駅で先行して開幕から参加してる友人O氏と合流、朝一番でレンターカーをゲットする。車はフル電気自動車のルノーメガーヌ。それは、先進の電気自動車文明を体感し、フランスの風土とフランス車の乗り心地の絶妙なマリアージュを体感するためだ。タイヤからの感触、空気の流れ、加速、減速、スピード感、室内空間の快適さ、駐車場や小道の取り回しなどなど。フランス車でフランスのいろいろんな道を走ることで、「なぜフランス車が、フランス車たる特性を持っているのか」と言ったデザインの真理に触れることができるはずだ。

とはいうものの毎度レンタカーの手続きの煩雑さには閉口する。すでに1時間になろうとする。これはなんとかならんものか。

車はA7向け、リヨンから南仏を経由、モンペリエからジャパン決戦の地、トゥールーズへ向かう。総走行距離538キロ。移動時間約7時間半を見込んでいる。途中充電時間や休憩時間も考慮する。ここで車内ではラグビー談義やラグビーの音楽で盛り上がろう。

もし早くトゥールーズのアパートに到着できたなら、眼の前のスーパーLIDIで生活物資を調達する。食料、ビールにワイン、洗濯用具、掃除用具、着替えなど。
食料は野菜に果物、肉、チーズ乳製品、卵、スナック、コーヒー、それにフランスパンなどとりあえず3日分となる。醤油、味噌などの調味料は日本から持ってきている。
もしも時間がなければ、それは諦め、早めに一度市内中心部に向かおう。近くの駅から在来線で一駅である。
周辺にはきっと赤白ジャージを着た仲間たちが沢山いるに違いない。
そこからガロンヌ川の中洲にあるスタジアム、スタッドドウ トゥールーズ周辺に早めに向かうとしよう。

ジャパンは札幌でリーチがレッドをもらい凹まされた気分をきっと晴らしてくれると信じている。ジャパンのセットプレーからの華麗なサインプレーは2度3度とサモアのディフェンスを切り裂くからだ。しかし、ジャパンが勝とうが負けようが、この日の夜は長くなる。ガロンヌ川周辺のラグビービレッジで他のメンバーと待ち合わせて、トゥールーズ中心部の馴染みの店に集合だ。大野均さんと合流できたらラッキーだ。まだ約束を覚えてくれているだろうか?

 

9月29日 クールダウンの一日

前の日の大興奮が冷めやらない。睡眠時間が取れなかったのも無理はない。この日の朝は特に急ぐ予定はない。

気持ちを落ち着けるためにも、前の日に買い物ができなかったたらこの日は買い物をして、また洗濯をして過ごすことになる。

もしも余裕があったなら、観光に出かける。私にはどうして行きたい場所がある、城壁都市カルカソンヌそして、カタリ派終焉の地モンセギュールなどだ。しも仲間2人がグロッキーなら一人だけも出かけてみたい。それは、ここでアルビ十字軍の蛮行とカタリ派の悲劇の足跡をたどりたい。異教徒撲滅の名目のもと、キリスト教徒がキリスト教徒を当たりかわまず惨殺したのだ。「異教徒かどうか見分けがつかなくても、全員を殺せは、カソリック信者だけは天国へいく」こんな恐ろしい理屈で大規模なジェノサイドがフランスでは起きていたのだ。

堀田善衛の「路上の人」
帚木蓬生の「聖杯の暗号」
に描かれた場面がリアルに迫ってくる。

 

9月30日 ボルドー フィジー対ジョージア

30日はボルドーへの車での日帰りを予定している。片道245K m3時間コースである。帰宅は深夜0時を遥かに回ることになる
またもやハードスケジュールの再来となる。

ボルドーでの観戦は、フィジー対ジョージアというこれまた、渋い一戦で楽しみで仕方ない。前回のワールドカップでは雨の花園で、フィジーがスクラムとフィジカルで後半ジョージアを一掃した。この日のフィジーはどのようなメンバーで来るのか、すでにウェールズ、オーストラリア戦を終えているので、台風の目となっているはずである。ただ、フィジー人の気質として、やる気にムラがあるところが少しばかり気がかりではある。ジョージアも国歌を覚えていることもあり、応援したい。この日は2019年の日本大会で購入したワインレッドのジョージアのジャージを着てスタジアムにいく予定だ。

スタッドドウボルドー隣接の駐車場のチケットを購入してある。
昼ごろまでにボルドーに到着できれる見込みならは、車を駐車場に入れる前に、郊外のシャトーでワインの試飲をしたりにボルドーの中心部を観光したい。でもシャトーのほとんど週末は見学を受け入れていない。メールを送ったが断られた。シャトーマルゴーのお城を外から眺る程度になるだろう、また時間帯でブルズ広場の水鏡が観れるかどうか。

ボルドーはフランスとイングランドの歴史にとって重要な裕福な商業都市である。なんと言っても高級ワインをめぐって両国が戦争にもなったほどであり、イングランドの国土であった期間も長い。フランス革命時にはワインで成功したブルジョアたちのジロンド派が革命推進の主導権を握った。ガロンヌ川ドルトーニュ川が合流したジロンド川の左岸のオーメドック地域に、ナポレオン3世によって格付けされたAOCの5大有名高級シャトーが軒を並べる(広大な敷地なので実際は軒は並べない)。ムートンロートシルド、シャトーマルゴー、ラフィットロトシルド、ラトゥール、オーブリオンだ。こんな高級ワインなど、私のような貧乏者にはとんと馴染みがない。これからの人生で巡り会うこともないだろう

10月1日 マルセイユ 南ア対トンガ

この日は宿を引き払って、マルセイユに向かう。
引き払う前にアパートの掃除は念入りにしたい。われわれは日本人であるという矜持をもって行動するのだ。部屋の中には必ず折り鶴とメッセージを残しておく。

残り物は昼食用にランチボックスに詰めていく。

午前中に出発できれば、途中先日に行きそびれた城塞都市カルカソンヌを見学してそこで昼食を取りたい。また世界遺産のミディ運河も見学しておきたい。山脈をいくつも超えるという高低差を克服して、大西洋と地中海を船で結ぶという画期的な交通運輸手段として画期的だった。今は観光用となっている。のんびり船旅をしたいところだがここは先を急ごう。

本日のメインイベントはマルセイユの南アートンガ戦だ。

南アは馴染みの選手ばかりなので、第二の日本代表と言える。トンガもラグビーでは日本にゆかりの国である。そしてこのこの日の宿はなんと「東横イン」なのだ。さながら「リトル花園がマルセイユに出現したかかのようだ。

夕方にはマルセイユに到着して、中心部の白亜の「東横イン」にチェックイン、駐車場に車を入れ、すぐに街に出て、マルセイユの旧港を目指す。次の日も移動なので、荷ほどきはそれほどしなくても良いだろう。

しかし、このツアー中マルセイユが最も危険度が高い町である。はしゃぎすぎは禁物、スリや犯罪に巻き込まれないよう気を配る必要がある。

そこから地下鉄でスタジアムへ向かう。きっと南アフリカのサポーター達であふれかえっているだろう。 私も南アの緑のジャージに身を包む。 ショショローザと一緒に歌えば彼らとすぐに仲間になれる

「ショショローサ うめ草花 埋めた埋めただ
海山冷夏 うめ草花 埋めた埋めただ」

 

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