ブライトンの奇跡

前回は運よくその場に立ち会えました

スタジアム内の奇跡は他で既によく語られていますので
この場は、自己紹介としてブライトン前後で私に起こった奇跡をまとめます。

ブライトンへ行く前にすでに起こった奇跡

私の好きな事柄にブライトンが非常に係わりの深い街であることが判った

ブライトンロック
クイーンのシアーハートアタックの1局目、遊園地の音から始まり、ブライアンメイの三味線ギターソロ。ブライトンへ行くことになって初めて繋がりがわかった。なぜ遊園地の音から始まるのかも、またなぜ東洋風のギターソロなのかもわかりました。

 

ブライトンロック
昔読んだグレアム・グリーン(第三の男の作者です)のせつない、やるせない、行き場のない小説の題名。当然ブライトンが舞台です。この小説でブライトンロックがお菓子の名であることを知った。ブライトンへ行くことになって読み直しました。

アデルが住んでいる街ブライトン

大好きな歌手アデルがロンドンから移り住んだ街、行くことになって初めてブライトンが繋がった

 

 

ジョージ4世ゆかりの地ブライトン

9355 / Pixabay

ブライトンを象徴する建物、「ロイヤルパビリオン」はジョージ4世が建てた建物 ジョージ4世は、1746年のカローデンムーアの戦い後、初めてイングランド国王としてスコットランドを訪問、その時の格好はキルト姿でした。冷え切ったスコットランドとの和解を果たし、当時はまだ密造酒だったスコッチに免許を与えた。第一号となったのはグレンリベット。ジョージ4世のおかげで今私たちは大好きなシングルモルトが飲めます

ブライトンへ行ってみての奇跡

diego_torres / Pixabay

 

 

 

 

 

泊まったホテルがグレアムグリーンの小説に出てくるホテルと同じ名前の話
ホテルの受付の若者が、ヴァンモリソンの曲を聞いていて意気投合の話
当日はCSNのコンサートも開かれていたこと(これは参加できず)の話

ゲーム後のブライトンから英国滞在中の奇跡

帰りのバスでの南ア人、イングランド人、日本人(私だけ)での大合唱の話
駐車違反なのにネットでお金を払うだけで、駐車場料金より安かった話
次朝の駅の売店のおばさんからタダで全ての新聞をプレゼントされた話
寂しい路地裏で怖そうなお兄さんから涙ながらに両手で握手された話
その後の英国滞在中のパプではどこでもタダ酒だった話
ラグビー校で普段入れないグランドに内緒で特別に入れてもらえた話

 

 

 

 

 

日本に帰ってからの奇跡と現実

ラグビー不人気だった日本が、異常なゴローマル人気にびっくりの話
人が減り続けたスクールの子供達が一挙に倍増で存続の危機脱出の話

 

ただし悲しい不思議な話も
帰国してみると、同年代で一緒に元気に仕事をしていた九州の同僚がバスの中で亡くなっていたことが判明しました。死因は心臓発作です。

(説明が必要だと思います。ブライトンロックの入っているクイーンのアルバムのタイトルは、シアーハートアタック:心臓発作)

私がブライトンに向けレンタカーを飛ばし、大音量でブライトンロックを聞いていたちょうどその時、九州でバスに乗っていた彼の心臓は停止したのです。
この事はどっかでいつも引っかかり、一生忘れられない事の一つになります。

 

まとめ

南ア戦勝利をゴローマルは「奇跡でもなんでもない」と言っています。ラグビーは確かに奇跡でもなんでもないかもしれません。そのそのためにお金では買えない常識では考えられない事が起きます。

ラグビーファンで当時現地にいけなかった人は一度あの芝の感触を感じ、あの空気を自ら吸ってみたいと思うコトでしょう。奇跡の地ブライトン、是非tも一度行ってみてください。ロンドンから1時間程度です。

 

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