近年ラグビー人口の減少の危機が叫ばれている。
特に県立高校はどこでも部員数が減って、全国いたるところで存続の危機に陥っている。一方有望な私立高校に県外の選手が集中し、1校が連続して出場する傾向も顕著である。例えば、石見智翠館は35回連続出場であるが、島根県予選の決勝の相手は初めて合同チームとなってしまった。登録の30名のうち島根県出身なのは1名だけである。栃木県も私立の国学院久我山が26回連続出場となり、やはり30名の登録選手のうち栃木県出身は1名だけである。
そんな中、鳥取県代表の倉吉東と長野県代表の飯田高校という県立高同士の一戦が、28日第一グランドの3試合目に行われた。
倉吉東は、毎年選手が15人揃えるのに苦労している。しかし、今年は何年かぶりに15人を揃えて活動ができた。元日本代表の広瀬も支援にかけつけ、なんとか活動を続けられた。しかしその数は17名しかいない。しかも大会直前に正規ロックの選手が感染症となり、出場を断念せざるをえない状況になってしまっている。
しかし、晴れての第一グランドに立つことができたのだった。ラグマガ付録の選手名鑑の選手の紹介がユニークで楽しい。またそこのチームの写真がこれまた素晴らしい、全員が満面の笑顔でもあり、個性の塊だ。巨漢の3年生原田くん(プレーの特徴:セットの基礎であり峰)のとなりのメガネの西村くん(救難の志士、最後のポース)はどうみても典型的なガリ勉タイプにしかみえない。
対する、長野県代表飯田高校も登録選手は20人しかしない。新人大会はやは合同チームであり、1年生を大々的に勧誘して大量10人を獲得。やっと単独チームになることができた。飯田高校は県内屈指の進学校であり、3年生6名全員が大学現役合格をめざしている。練習時間は90分と限られている。短時間で自分たちで工夫しながら練習をつづきた。
近代ラグビーで一番リスクのすくないアタックはモールである。相手はモールをがっちり組めてしまうとディフェンスのしようがない。パスやキックやランなど、特別なスキルの習得には時間がかかるが、経験の少ない選手で短時間に競合とも戦える武器を作るにはモール攻撃が最適である。
埼玉県内でも浦和高校やモールにこだわった戦法に徹しているのはそのためである。要はいかにしてモールを作るかだ。浦和高校はリモールの技術をみがいたが、川越高校はなんと昨年南アフリカが今季初めて採用した、「フィールド内からSHからの高いパスをリフティングしてチャッチしてモールを組む」という方法を早速採用してみせた。
この日の飯田高校も斬新なモールを作る方法を披露した。それは40年ラグビーを見てきた私でも初めて目にする画期的な方法だった。「ブレークダウンでボールを獲得すると、その後ろにすでにモール状態の7−8名の選手がひかえていて、ブレークダウンに参加した選手が素早くその場をどくことで、後方のモール状態の選手にボールを渡す」という作戦であった。センターフールドのブレークダウン周辺に15名の選手が集中する異様な光景ではある。
南アフリカや、リーグワンのチームがこのような戦法をとったなら、観客からはまりがいなく避難のブーイングが起こるであろう。しかしここは花園、有名高はともかく、その他の各校はそれぞれになんとか活動をつづけ、その中で勝ち上がる活動を模索しつづけてきた、その成果が発揮される場所である。
飯田高校のこの戦法には拍手喝采を送りたい。
ゲームの方はこの飯田高の戦法が遺憾なく発揮され、一方的な展開になってしまった。フィールド中央のモールで、ディフェンスを引き付けてからの左右の展開も見事であった。
飯田高校は正規のもう一方のロックで出た板根(「雨垂れ石を穿つ」を継ぐ者)が、前半で脳震盪をおこしてしまい、それでもプレーは続けたが、後半途中にはドクターストップで1年生平田(孤高のリオン、意思をつなぐ)に交代。しかも、その後もう一人7番の筏津選手(「ケンカ屋」を継ぐもの)が足の負傷でプレーが続けられなくなり、試合終了直前には14名で戦わねばならなくなってしまった。見た限り太りすぎの体型のプロップの3番125Kの原田君も最後まで賢明に走ろうとしていた姿も印象的であった。ついに最後まで得点を得ることなく終わってしまったが、60分戦い続けた選手を出迎える岩野監督(世界史倫理)も全員を握手をしながらとても誇らしげだった。
このようなゲームがあるから花園1回戦は見逃せない。
飯田高校は2回戦は30日に強豪の目黒学院とあたる。目黒学院はやはり中国地方の田川学院を0封で圧倒した。勝敗は抜きにしても、飯田高校が1年生から活躍の怪物ロケティをどう止めるのかが見ものである。







