ディランを(また)聴け その8 廃墟の街

1,はじめに

11分を超える大作であり、難解な歌詞である。

Desolation の意味は荒んだとか荒廃したという意味である。そしてROWは列であり街並である。「Desolation Row」の日本語の曲名は「廃墟の街」であるが、「すさんだ街」という表現が正しい。道徳的にも倫理的にもかなり荒んだ街のようである。しかし、Desolation Row=廃墟の街とは、一般的に言っているのではなく一つの街でああり、すでに固有名詞になっていると思われるので訳は「廃墟の町」のままとしておく。

しかし、廃墟となっているわけでなく、むしろ他たくさんの人が暮らしている。
歴史上の人物から物語の人物の固有名詞が次かから次に登場する。

登場するのは

聖書からは
カインとアベル、良きサマリア人、
神話
ネプチューン、カリプソ
歴史上
暴君ネロ
物語
ロビンフッド、シンデレラ、ロメオ、オフェリア
ノートルダムの傴僂男
オペラ座の怪人、カサノバ
実在の人物
詩人 エズラパウンド、ESエリオット
科学者 アインシュタイン
女優 ベティデイビス

それに近未来SFの世界から
超人軍団

その他、名前のない登場人物としては

街の盲目の長官
行政府のスパイ
女占い師
嫉妬深い修道僧
ぱっとしない看護婦
手紙を書いてくる人物
手紙を受け取る語り手としての私

また謎の医者のフィス先生も登場する。この医者の名前だけははどこから来たのかは不明である。

実に20人をゆうに超える。

それぞれの固有名詞が持っているイメージは、この曲の発表当時の欧米の一般大衆には共有されている。つまり、ユングの言う集団無意識となっている。したがって名前を出すだけで、自動的にイメージの広がりをもたらす。また、次から次へと意外な人物が登場してくる様は驚きに満ちている。11分を超える大作だが、まったくその長さを感じさせない。ガルシアマルケスの「マジックリアリズム」との共通性も感じさせられる。そういえばこの「廃墟の街」は海に近いようだが、空気は乾いていて、ガルシマルケスの小説のような中南米のどこかの街の匂いが感じられる。

欧米の宗教や文化に疎い、日本人には馴染みが薄いので難解に思えるだけである。

2,1番 廃墟の町の情景

1番では導入として「廃墟の街」における特徴的な情景が歌われる。絞首刑の絵葉書が売られていたり、市長官が暴徒につかまり、笑いものにされているなど非常に暴力的で危ない街のようである。一方でサーカスが来ていたり、水兵が身なりを気にするなど、以外にアンバランスなところもある。

They’re selling postcards of the hanging
Well, they’re painting the passport brown
And the beauty parlor’s filled with sailors
The circus is in town
Oh now look here comes the blind commissioner
Well, they’ve got him in a trance
One hand is tied to the tight-rope walker
The other’s in his pants

絞首刑台の絵葉書が売られ
パスポートは一面茶色
水兵で満員の美容院
サーカスも来ている
見てみろ、盲(めしい)の長官がやってくる
意識朦朧にさせられ
片手は綱渡り芸人に繋がれ
もう一方はパンツの中さ

And the riot squad they’re restless
They need somewhere to go
As Lady and I look out tonight
From Desolation Row

暴徒は休むまもなく
ターゲットを求めてる
彼女と俺は
廃墟の街から見ている

 

3,2番 お気楽なシンデレラ

2番では、お気楽なシンデレラが登場する。

このシンデレラはノー天気で、女優のベティ・デイビス(60年代の人気女優でマイルスの妻でもあった。80年代にキムカーンズはモデルにした「ベディデイビスの瞳」をヒットさせた)を気取ってる。そして他所者(よそもの)のロメオ(叶わぬ恋を抱く象徴)に言い寄られている。しかし、そのロメオは(多分民衆の相当な暴力によって)排除されてしまう。シンデレラはまったく意に感せず、いつもと同じく、何事もなかったように街を掃除をしてる(たぶん口笛など吹きながら)。
シンデレラは街のアイドルで街のみんなで守っているように見えるのだが、大違いである。住民はシンデレラのおおらかな気質をいいことに、街をきれいにする重労働を強いているのだ。搾取する意地悪なまま母のような住民で溢れている結構危険な街である。

Oh Cinderella, she seems so easy
“Well, it takes one to know one,” she smiles
And she puts her hands in her back pockets
Oh Bette Davis style
And now but here comes Romeo, moaning
“You Belong to Me I Believe”
And then someone says,”You’re in the wrong place, my friend
You better leave”

シンデレラは、お気楽娘
「解るためにはヤルことよ」などと微笑む
ベティ・デイヴィスを気取って
お尻のポケットに両手を入れる
ロメオが呻いてる
「君は俺のモノ」
誰かが言う
「ここは居る場所でない、出ていくのが身のためだ」

And then only sound that’s left
After the ambulances go
Is Cinderella sweeping up
On Desolation Row

そして救急車が去った後
響くのはシンデレラの箒の音だけ
「廃墟の街」を掃除している

4,3番 雨が振りそうな宵

3番では、いかにも雨の降り出しそうな夕闇せまる「廃墟の街の情景」が語られる。
カインとアベル、良きサマリア人などという聖書の登場人物も登場し、ノートルダムの傴僂男も登場する。
カインとアベルは、アダムとイブの息子たちで、人類初の殺人事件の当事者、ノートルダムの傴僂男の本名はカジモド、フロロによって塔のなかに幽閉されて自由がない。良きサマリア人とは、困った人を助ける善意の象徴である。

この日、「廃墟の街」ではカーニバルが予定されてるが、雨になりそうである。そんなカーニバルに街の大多数は特に行きたくもない。そんな中、善人である男は一人、出番に備えるのだった。

Now the moon is almost hidden,
the stars are beginning to hide
The fortune telling lady
has even taken all her things inside
All except for Cain and Abel and the hunchback of Notre Dame
Everybody is making love or else expecting rain

月はほとんど見えない
星も隠れてきた
女占い師も店じまい
カインとアベル、ノートルダムの傴僂男以外のみんなは
愛し合ってるか雨を期待する。

And the Good Samaritan, he’s dressing,
he’s getting ready for the show
He’s going to the carnival tonight on Desolation Row

良きサマリア人の彼だけがめかしこみ
ショーの準備をする
今夜の廃墟の街でのカーニバルに向かうんだ

 

5,4番 オフェリアの貞操観念

4番ではシェークスビアのハムレットのヒロイン、オフェリアが登場する。

ハムレットでは、「尼寺へいけ」と言い渡されて気が触れて歌いながら小川で水死するのだが、「廃墟の街」のオフェリアは違っている。恋やロマンスや死に憧れるが貞操観念がつよすぎて、うまく行動ができない。「廃墟の街」での(洪水の後のすばらしい)出来事(きっと往来でも人々が自由に愛し合っている情景)を憧れをもって恐る恐る覗きみているだけである。

Ophelia, she’s ‘neath the window for her I feel so afraid
On her twenty-second birthday she already is an old maid
To her, death is quite romantic she wears an iron vest
Her profession’s her religion, her sin is her lifelessness

オフェリア
窓の下にいるが心配だ
22歳の誕生日なのに、すでにオバサン
ロマンチックな死の願望、でも身持ちは完璧
自身の宗教に身を捧げ、無気力なのが罪なのさ

And though her eyes are fixed upon Noah’s great rainbow
She spends her time peeking into Desolation Row

その目はノアの洪水のあとの大きな虹に釘付け
廃墟の街を覗き込んでは過ごすだけ

 

6,5番 バイオリン弾きのアインシュタイン

あまり知られていないが、アインシュタインがバイオリンの名手だったことは事実である。ディランによれば「廃墟の街」でロビンフッドに紛して電子バイオリンを弾いていた様である。それだけで無く、「廃墟の街」の排水管の匂いから、とんでもない「ひらめき」を得て、数式を導き出したことになっている。天才の行動は常人には理解し難いものである。
アインシュタインのロビンフッドのコスプレの意味とは、善人ぶっているとうことだろう。嫉妬深い修道僧とは、オッペンハイマーのライバルであった水爆の推進者エドワード・テラーを思い起こさせる。

Einstein, disguised as Robin Hood with his memories in a trunk
Passed this way an hour ago with his friend, a jealous monk
Now he looked so immaculately frightful as he bummed a cigarette
And he when off sniffing drainpipes and reciting the alphabet

アインシュタイン
記憶をトランクに詰め込んで、ロビンフッドに扮装する
1時間前には嫉妬深い坊さんとこの道を歩いてた
タバコを吸う姿は完璧に恐ろしく見えた
溝の匂いを嗅いて、アルファベットを唱えていた

You would not think to look at him, but he was famous long ago
For playing the electric violin on Desolation Row

彼を見たいなんて思わないだろけど
廃墟の街で電子バイオリンを弾いて有名だったんだ

 

7,6番 Dr. Filth殺人事件

一番難解なのがこの6番である。

登場人物のなかで、Dr. Filthが何ものであるかは謎である。ただし、Dr. Filthは、精神科の医者のようである。自分の欲望は皮のカップ(男性用貞操帯)で物理的に押し留めていたが、不能患者を診察することによって、(なまなましい状況を聞く事で、)その欲望を押さえつけられなくなり、「何か」をしでかしてしまった様である。そして、またその秘密を知った看護婦によって、シアン化合物で毒殺されたようなのだ。とても恐ろしいが、その危険信号はちょっとの努力でだれでも聞くことができるのである。

Dr. Filth, he keeps his world inside of a leather cup
But all his sexless patients, they’re trying to blow it up
Now his nurse, some local loser,
she’s in charge of the cyanide hole
And she also keeps the cards that read, “Have Mercy on His Soul”

フィルス先生は、内面世界の欲望を皮のカップで抑えていたが
性的不能の患者たちが、それを吹き飛ばさんとする。
看護婦は土地の負け組で、シアン化合物を補填する
彼女のカードにはこうある。「魂におくやみを」

They all play on the penny whistles, you can hear them blow
If you lean your head out far enough from Desolation Row

彼らはみな安っぽい警笛を鳴らす
廃墟の街から、首を存分にだせば、君も聞くことができる

8、7番 カサノバの最後

7番にはオペラ座の怪人が登場する。また、カサノバも登場する。
ルルーの「オペラ座の怪人」での「オペラ座の怪人」ことエリックは容姿にコンプレックスがあり、美声のクリスティーヌを地下に誘い込むのだが最後は身を引くという人物。
カサノバ言わずとしれた絶倫男。しかし、今やカサノバは介護を必要とするほど衰えていて、この街に流れついた。そして「廃墟の街」の住民たちに毒をもられる。カーニバルの出し物であるオペラ座の怪人が忠告を受けるやせ細った女たちは、カサノバのかつての愛人たちなのだ。

Across the street they’ve nailed the curtains,
they’re getting ready for the feast
The Phantom of the Opera in a perfect image of a priest
They are spoon feeding Casanova to get him to feel more assured
Then they’ll kill him with self-confidence
after poisoning him with words

And the Phantom’s shouting to skinny girls, “Get outta here if you don’t know”
Casanova is just being punished for going to Desolation Row”

道のむこうで幕を貼る、まつりの準備だ
司祭の印象そのままのオペラ座の怪人
そしてカサノバの食事の介護をする
言葉と共に毒を盛り、自負心もろともあの世行き
怪人はやつれた女どもに「知らないなら出てけ」と叫ぶ
カサノバは廃墟の町に行ったのが運の尽き

9,8番 影の支配構造

 

7番では、SFチックに街の裏側が語られる。

そこは実権を握る街の支配層のスパイが、超人集団(スターウォーズのクローン軍団を思い起こさせる)真夜中に良識のある知識層をすべて勾留し、城の工場で強制労働をさせている。囚人達の肩には強制的に心臓発作を起こさせるマシーンが背負わせれいる。そして、街のなかに逃げないように、その火種となる危険人物(kerosene)は城の外に排除される(火刑にされるのかもしれない)。オーウェルの『1984』のようだ。

Now at midnight all the agents
And superhuman crew
Go out and round up everyone
That knows more than they do
They’re gonna bring them to the factory
Where the heart-attack machine
Is strapped across their shoulders

真夜中に
スパイや超人軍団が
頭でっかちの人をかき集め
工場に送り込む
強制心臓発作マシーンがつけられる

And then the kerosene
Is brought down from the castles
By insurance men who go
Check to see that no one is escaping
To Desolation Row

灯油(火種)はガードマンが城から持ち出し(駆逐し)
廃墟の町の中へと
逃げ出さないよう見張ってる

 

10、9番 タイタニック出港の際の諍い

海にまつわる話である

タイタニックの出港の際に、船長のデッキで詩人のエズラパウンドとESエリオットが喧嘩をはじめる。この2人はエズラパウンドが先輩にあたり、ESエリオットの代表作の「荒地」の編集も行っている深い関係だ。この喧嘩にはホメロスのオデュッセイアに出てくるカリプソーも笑ってしまうほどだ。喧嘩の原因はなんだったのだろう。どちらからタイタニックの危険性を主張し出港に反対したのかもしれない。乗客であるぼくらはどっちの味方をすればいんだろう。どっちにせよ廃墟の町のことなどは誰も気にかけないのだ。

タイタニックの出港にたとえているが、「廃墟の街」の行先をめぐる政治抗争のことかもしれない。

この曲の発表の当時 “Which Side Are You On?”は流行語のようになった。白黒を切り分けるのは欧米人の気質である。そして現代のアメリカの分断を表しているようでもある。
タイタニックの右舷か左舷どちらに乗っても、結果は変わらないとう意味ともとれる。

Praise be to Nero’s Neptune
The Titanic sails at dawn
And everybody’s shouting
“Which Side Are You On?”
And Ezra Pound and T. S. Eliot
Fighting in the captain’s tower
While calypso singers laugh at them

暴君ネロのネプチューンを称え
タイタニック号は夜明けに出港
みんなが叫ぶ
「どっち側に就くんだい」
船長のデッキの上では
エズラバウンンドとESエリオットが喧嘩する
それをカリプソーの歌手が笑ってる

And fishermen hold flowers
Between the windows of the sea
Where lovely mermaids flow
And nobody has to think too much
About Desolation Row

漁師は人魚が浮かぶ波の間に間に花を手にする
廃墟の町のことは誰も考え過ぎることもない

11,10番 エピローグ

話はここで終わるのだが、長いハーモニカの間奏のあと最後にもう1バースだけ付け足しのような歌がある。最後のバースは種明かしのようなものであり、ここまでの話が、「廃墟の街」での友人の手紙による近況報告の引用だったことが証され、登場人物たちの名前は、語り手である私が、知り合いだった住人たちの本名を伏せるために適当につけた「あだ名」だったことも説明される。道理で脈絡のない固有名詞が並ぶ事になったはずである。しかし、適当につけたあだ名でなく、アインシュタインと呼ばれる男は溝でアルファベットを呟いていたり、シンデレラは口笛を吹きながら街を掃除していたのだろうと想像できる。

そして、廃墟の街からの手紙をまた楽しみに待っている私がいる

Yes, I received your letter yesterday,
about the time the doorknob broke
When you asked me how I was doing,
was that some kind of joke
All these people that you mention,
yes, I know them, they’re quite lame
I had to rearrange their faces
and give them all another name

Right now, I can’t read too good,
don’t send me no more letters no
Not unless you mail them
from Desolation Row

 

昨日、君からの手紙が来た。
ドアノブが壊れてたときだ
「いかがお過ごしですか」なんて冗談だろ
話に出たやつらはみんな知り合いだ、みんなダメダメだ
顔を並べ、別の名前をつけなけけりゃならなかっただけ
字がよく読めないもんで、もう手紙はよこすんじゃないぞ
廃墟の街からでないものは

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