ラグビーと音楽 その3 コンポーザー、指揮者、サインプレー

ラグビーのサインプレー。

練りに練ってどうしたらトライが取れるのかを考え抜き、それをその通り遂行してまんまとトライをとりにいく。それが鮮やかに決まった時の爽快感、これもラグビーの醍醐味の一つである。それはとても美しい。とても知的で頭脳的、それは芸術的ですらある。

サインプレーの中でも、8−9、ループ、クロス、カンペイなどは、すでに一般的。音楽に例えれば誰もが歌えるスタンダード曲の様なものである。
これらを有効に活用するために複雑に組み合わせると、ラグビーのアタックは美しい交響曲の様な様相を見せる。

サインプレーの多くは、セットプレーから始まる。それは、相手もディフェンスの体制がしっかり固まっている状態。いわゆるスチラクチャーな状態。それを打ち破るためのサインプレーは、何人もが同時にシンクロしシナリオの通りに動く。例えば、スクラムはどちら側が前に出るのか、どのタイミングでパスアウトをするのか、デコイランナーがどう走り込むのなど。さらには、目線、肩の位置、どちらの足からステップを切るかなど、全てのシナリオが事細かに決まっている。

それは、あたかもクラシック音楽の交響曲の様である。各パートの演奏も美しくアレンジされている。演奏者全員で譜面の通りに演奏する。オーケストラの演奏。これがすばらいくないわけはない。感動しないはずはない。

しかし、クラシックの名曲も指揮者の解釈次第でその演奏は異なる。指揮者はリハーサルで自分の持つ音楽の世界観を楽団員全員に共有することを納得のいくまで繰り返す。そして演奏会では自ら指揮するのだ。一人でも想定以外の音を出してしまえば、全体の音楽は台無しになってしまう。ラグビー も同じで一人でもサインの見落としがあれば、そのサインプレーは台無しになって即ピンチを迎えてしまうことにもなりなねない。

現在の世界ラグビー界で最高のメロディメーカーは、トニーブラウンであろう。トニーブラウンは現在はハイランダースのヘッドコーチだが、ジャパンのアタックコーチでもある。彼は24時間いつも新しいアタックのサインプレーを考えている。そしてセットプレーからのサインプレーは少なくとも3フェイズくらいまでは想定されている。楽曲で言えば、いきなりサビに入るのか、イントロをどうするのか、間奏を経て、サビに入るのかなどのアレンジである。トニーブラウンはキャッチーなメロディラインだけでなく曲の構成もお手の物である。さらにトニーブラウンはアレンジャーでもあるので、単なるメロディーメーカーだけでなく交響曲の作曲家レベルである。
演奏者=プレーヤーの個性も見抜いた上で、誰がどのパートを担当すべきなのか、最高のアレンジを譜面に書いてチームに落とし込む。

ラグビーでの演奏会の現場での指揮者(すなわちゲームでの指揮者)は、スタンドオフやセンターのプレーヤーに任せられる。実はサインプレーには少なくとも、裏と表が存在する。ディフェンスの出方によっては裏に切り替えて実行する。譜面が2枚あるのと同じである。さらにはサインプレーを行うこともそれを途中で取り消すことも指揮者には委ねられている。

ラグビーの歴史に残る、有名なサインプレーとして思い出すのは、83年カーディフでのウェールズ戦の「千田左」。これはスクラムからダイレクトフッキングして、フランカーの千田が左ブラインドサイドを駆け抜けてのトライというものであった。今考えると単純でどの高校でも行っている様なサインであるが、誰もが当時はびっくりした。
最近では、15年W杯南ア戦の五郎丸の右中間のトライ、松島幸太郎の走るコースは絶妙である。このサインプレーも今では多くのチームが取り入れている。

 

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