早稲田VS青山 服部君と井上君、スピノザ的自由

前節雨の秩父宮で筑波大学に31年ぶりの勝利を上げた青山学院が早稲田に挑む試合である。

私の注目は両チームの1年生特に早稲田の服部君と、青山の井上くんのキック対決がどうなるのかであった。そのために大田まで車を飛ばした。実はこの二人、今年の正月5日花園の準決勝で、佐賀工業、東福岡のどちらもSOとして先発し対戦している。その時から二人のキックの凄さは評判であった。高校での結果は井上くんに軍配が上がり、初の優勝を狙える佐賀工業はここで大差での敗戦を喫することになった。そして二人は九州から上京、早稲田と青山学院にわかれて、再び対決することになった。

双方ともにキックに非凡のものがあるのは確かだ。自陣の22mから相手の22mまで楽に届く射程能力を持っている。滞空時間の長いハイパントも、以前アルゼンチンのコンテポーミのキックを見た時の驚きを思い出した。このようにその2人の能力の高さは近年の大学生レベルでは群を抜いている。

戦前の予想のとおりにキック合戦となった。服部君が自陣22mから相手陣深くに蹴り返せば、FBのポジションの井上くんも負けず蹴り返す。服部君がハイパンをあげれば、井上くんもその上手をいく高さに蹴りあげる。服部君のキックが伸びすぎてダイレクトになれば、直後の井上くんのキックもダイレクトになってしまうというお付き合いまでしてしまう。

キックの能力は全く差がない。

だがしかし、勝負は服部君のほうにあった。なぜなら、このゲームのキック合戦の様相は服部君のキックに常に井上くんが張り合うような形となってしまっていたからである。余裕があったのは服部君である。それは、キックそのものではなく、選択肢の自由度の差であった。つまり服部君は蹴りたい時に自由に蹴りたいキックを繰り出しているのに対し、井上くんが服部君のキックに合わせて、キックを蹴らされてしまっているという、そのことの差なのである。

ラグビーはさまざまなプレーが可能で、プレーの自由度の高いスポーツである。しかしこのゲームを観戦していて「自由」とは何かを考えさせられることになった。

そして17世紀のオランダの哲学者、スピノザのことを思い出した。

彼の哲学はユニークで東洋的ですらある。神を自然の摂理そのものとして捉え、世の中全てのものやコトが神が宿っているという「汎神論」を唱えた。このためユダヤ教からは波紋、書籍は発禁処分になる。人間の行動は全くの自由意志というものはなく、環境や他人など何らかの影響が引き金になっているのだとする。なんらかの力に束縛されたり強制されたりする場面では、全くの自由がないことになる。そうして人間の「自由」というものを、自分の保つ能力(=スピノザの用語で言えば「コナトゥス」)をある条件下のもとで、うまく発揮できていいるその程度がどうなのかとおうことである。そして何事も、絶対的に良い悪いなどは無く、常に何かとの組み合わせで良いの悪いのかは変わってくるともしている。(例えば音楽は人にとっては活力になるが、ある人には騒音にもなる)

人には全くの自由意志はなくても意識はある。どういった行動をとるかも意識する事ができる。ある方向に意識させられてしまうということはそこにすでに、自由な意思の多くは削がれてしまっていることになる。

これらスピノザの考えは現在の脳科学の「自由意志論」にも通じるものである。人は行動する時、自分で自由に決めた行動であるという自由意志があると思われるが、意識は実は行動の後追いで、全ての行動は無意識か、反応的な行動でああり、合理的な理由をあとづけて取り繕って自分を納得させ、自己の統一性を保全する為に存在するというののだ。

その意味で井上くんのコナトゥスはうまく発揮できなかった。服部君という存在が井上くんの自由を奪い、井上くんの服部君への意識が自由を自ら手放して、キックを蹴らされてしまった。

ラグビーはコンタクトがあって格闘技的な要素の強いので、相手を意識するがあまり意地を張り合うことなるということが大学ラグビーにはよくある。たとえば、早明戦などでよく「先祖帰り」してしまって接戦になったりすることなどである。

井上くんはキックの技術は素晴らしいのだが、結果的にゲームを支配されてしまった。早稲田には日本代表の矢崎という抜群のランナーがいる。個人的なキックの張り合いに誘い込まれてしまったら、それこそ、早稲田のラグビーの思うつぼであった。

どんなにキックが素晴らしくても、どの場面でどのキックをどう使うのかが、もっとも大切なのだ。

中国の教えでこんなこともある。(うろおぼえだが)
「すばらしい梯子があった。そして梯子を早く登れる技術も身に着けた。しかしもっとも重要なことを忘れている。それは、梯子をどこにかけるかなのである。」

服部君も井上くんのまだ1年生であり、大学には優秀な先輩やコーチもいる。逸材である二人は今後大学の中でもリーダーシップを発揮して、もっている素晴らしい能力(=コナトゥス)を自在に使いこなせるよう成長することを期待したい。これから3年間、毎年どういう勝負がまっているのか見届けたい。ロングキックだけでなく様々なキックを使いこなしている姿がそこにあるはずだ。

だからラグビーは、大学ラグビーはおもしろいのだ。

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