令和5年のフットポール

大江健三郎「万延元年のフットボール」を読み終えた。
3日で読み終えてしまった。

以前読んだ時には、挫折し、理解できぬままただ読み終えたことだけしか記憶にない。

今回読み直してみて、「喪失感」「自己統一」、「狂気」、「異形」、「障害をもつ親」、「ルーツ、血統など」さまざまなテーマがあり、深く考えさせられた。

それらは置いておくとして、今回はなぜ「フットボール」なのかを取り上げてみたい。

原始フットボールと示威行為

12世紀のころの欧州各地の村々では、数百名による「原始フットボール」が灰の水曜日の前日の告解の火曜日(所謂マルディグラの日)に行われた。フットボールがラグビーとサッカーに分かれる何百年も前のことである。それは少なからず領主や国王にの圧政に対する「示威行為」と言う面もあった。その日ばかりは普段の虐げられ抑圧された感情が爆発し、民衆のエネルギーの凄さを国王や領主に見せつけるものだった。それに対し国王は何度もフットボール禁止令を出し対抗した記録がある。

ラグビーが暴力や暴動でないのは、統制が取れているからである。それは、ルールがあるばかりではない、プレーヤーの中で自己統制、自己抑制があるからである。それは「闘争の倫理」と言い換えても良い。

かつての祭礼の日の「原始フットボール」も統制が取れている時はよいが、一旦統制のバランスが崩れると「暴動」に発展する危険をはらんでいた。

その後フランス革命に端を発しての、各地に伝播した市民革命、フランスでは68年の5月革命、さらには天安門事件などなど、様々な「蜂起」は微妙なバランスの上にあった。いまでも全く変わらない。フランスの黄色いベスト運動なども全く同じである。微妙なバランスの中で統制がとれれば成功したり(成功すれば正当化されそれは名前が革命になる)、エスカレートして失敗したり、武力で鎮圧されたり、大惨劇の悲劇的な結果になってしまうなど、さまざまな結果に終わる。

万延元年のフットボール

「万延元年のフットボール」では、登場人物は60年安保後の無力感、喪失感、精神的、肉体的な損傷を背負っているという背景がある。そこからはどうしても自己統一への渇望がにじみ出てくる。

主人公の一人の鷹四が憧れ、妄想する四国の山奥での「万延元年の事件」は、鷹四の妄想の届かぬところで、実は完全に統制がとれていた。その意味で完全に「フットボール」たり得たと思う。それが「念仏踊り」という祝祭儀式になって今に伝わっている。

今回の鷹四による「スーパーマーケットの天皇」に対する「蜂起」は、なんと実際にフットボールチームを結成しメンバーを訓練、統制することから始まる。そしてメンバーを訓練し、組織化し、扇動することまではできた。しかし、指導者たる自分自身を統制制御することに限界があり、それが、自己崩壊につながって、「蜂起」は失敗に終わってしまう。

(一方の対極的なキャラクターの語りてである蜜三郎は、喪失感からニヒリズムに陥っていたが、冷静に過去の出来事の真実を探そうとする。それで自分では過去を断ち切り、鷹四にも行為を思いとどまらせ、現状を乗り切れるための糧に出来ないかと「期待」する。しかし、それは結果は完全な敗北におわる。)

令和5年のフットボール

ラグビーワールドカップは、世の中の殺伐とした風潮、行き過ぎた資本主義の亡者たち、おろかな政治対立、差別、泥沼化する戦争などを否定する、「示威行為」であると思っている。

ラグビーのゲームやチーム内の結束、その内容やプレーのひたむきさや、ノーサイドの精神の感動などを世界中に知らしめることはもちろんである。

もう一方主役はラグビーに世界中から集まる観客である。

そこでは、人種や、宗教、国境を超えて、世界中の人々が交流し 感動を分かち合い、文化や慣習も理解し合い、解り合うことができる。ビールを飲み交わし、語り合い、一緒に歌を歌うだけでよい。そこにひとつの理想郷が出来上がる。

そこでは特に政治的発言やシュプレヒコールはいらない。ありのまま、自然のままに交流し笑顔を交わすだけで、その幸福感は伝播すると信じる。

それだけのパワーをラグビーというスポーツが持っている。

戦争や差別の愚かさを世界中に知らしめようではないか!

2023年ラグビーワールドカップフランス大会は、「令和5年のフットボール」でなけらばばらない。

長い歴史の中で、デモやストライキが日常の生活の一部になっているフランスの地で行われるということも一つの意味があると思われる

おまけ

なぜフットボールなのかをもう少し考えてみると、

単純に1967年当時の日本は、実はラグビーブームだったのである。近鉄と早稲田が日本選手権を争い、68年には日本代表が敵地でオールブラックスJrを破った。

日テレで大正製薬提供の看板番組「青春とはなんだ(65年)」「これが青春だ(67年)」などのラグビー部が舞台の学園ドラマが大人気。夏木陽介が主演、布施明の「貴様と俺」が大ヒット。

「そーらにもえーてえる でっかい太陽」 です。

たんにそれだけだったかもしれません。

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